桜山軽便鉄道・雑記帳

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zoom RSS 上田交通別所線750V時代・1980年3月<その1>

<<   作成日時 : 2017/03/04 15:30   >>

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 1980(昭和55)年の春、本州を時計回りにぐるっと一周する一人旅をしました。その1日目に、上田交通別所線に立ち寄りました。ローカル私鉄の魅力にあふれる、750V時代の個性的な車両や、ストラクチャーを、3回に分けてご紹介します。

■ 上田交通(※)別所線
・区間 上田〜別所温泉 11.6Km(長野県)
・軌間 1067mm
・動力 直流600V→750V→1500V
・開業 1921(大正10年)年6月17日
※ 上田温泉軌道(1921)→上田電鉄(1939)→上田丸子電鉄(1943)→上田交通(1969)→上田電鉄(2005)

 撮影日:1980(昭和55)年3月4日

 本州一周のコース設定は、自宅のある逗子から一旦長野まで北上し、中央線経由で名古屋に出て、あとは、ほぼ海沿いに本州を巡るというものでした。この旅行の出発は、37年前の今日のことでした。上野発6:15の2321レに乗車して、高崎着8:53。この列車は、マニとオユを含む旧型客車の13両編成で、牽引はEF58175(高二)。乗客は(一編成で)20〜30人程度でした。

 同列車は、高崎で6両切り離して、長野行きの321レとなります。引き続き乗車して、11:58上田着。12:10発の別所線に乗り換え、塩田平と呼ばれる田園地帯をのんびりと走る旧型電車に揺られることおよそ30分で、終点の別所温泉に到着。駅は、温泉街の北東のはずれに位置していました。
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 別所温泉駅のホームは、頭端式の2面2線です。電車の発着時以外はひと気がなく、ひっそりとしていました。駅の敷地は、枝ぶりの立派な桜の木に囲まれており、花の見頃でないのが少し残念でした。
 向かって左の駅舎側に停車しているのが、私が上田から乗ってきたモハ5372で、隣はサハ62です。
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 駅の上田方には側線があります。この線路には、付随車入換のための、緩い勾配が付けられています。留置されているのは、クハ252。本線は40‰の急勾配で八木沢に向かって下って行きます。東急から来たデハ3310+クハ3661は、当初この坂を登ることができなかったそうです。
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 モハ5372(モハ5370形)は、1926(大正15)年に池田鉄道デハ2として日本車輌で製造され、信濃鉄道、鉄道省(のちに国鉄)を経て、1955(昭和30)年に上田丸子電鉄モハ5263となりました。その後、制御方式の変更や車体の乗替えなどが行われ、1960(昭和35)年に本形式となりました。
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 モハ5372の運転台。ATSなどは当然のことながら、速度計もありません。
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 同客室。照明は蛍光灯ですが、板張りの床と、ニス塗りの壁に時代を感じます。
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 サハ62(サハ60形)は、東急サハ3352(大正初期に製造された木造国電を、1936(昭和11)年に鋼体化したもの)を、1965(昭和40)年に購入し、1967(昭和42)年にサハ62として竣工したものです。
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 クハ252(クハ250形)は、1937(昭和12)年に神中鉄道(のちに相模鉄道)キハ40として日本車輌で製造され、何度かの改造、改番を経て、相模鉄道ではクハ1501として、1956(昭和31)年に廃車されました。同年、上田丸子電鉄に譲渡され、クハ252となり、その後、流線型3枚窓だった独特な正面形状が、写真のような落ち着いたスタイルに改造されました。
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 以上の車両は、すべて、1986(昭和61)年の昇圧まで使用されました。

 別所温泉駅でひとしきり写真を撮った後、車両やストラクチャーの写真を撮りながら、しばらく沿線を歩くことにしました。
つづく


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