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zoom RSS 平安丸と氷川丸

<<   作成日時 : 2018/02/10 23:00   >>

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 横浜の日本郵船歴史博物館で開かれている写真展「グランブルーの静寂〜もうひとつの氷川丸〜」を訪れました。
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 横浜・山下公園の前で保存されている氷川丸(重要文化財指定)には、2隻の姉妹船がありました。その1隻が平安丸です。

 平安丸は、1930(昭和5)年に竣工し、シアトル航路の貨客船として活躍しました。しかし、日米関係の悪化によりシアトル航路は閉鎖され、日米開戦に際し海軍に徴用され特設潜水母艦に改装されました。 ラバウル方面への兵員・物資の輸送やキスカ島撤収作戦に参加するなど、最前線での作戦支援に従事しましたが、1944(昭和19)年2月にトラック基地停泊中、米軍の空襲により被弾炎上、沈没しました。それから74年経った現在も、船体はほぼ原形をとどめ、沈没地点の海底に横たわっています。

 氷川丸との同一部位の写真による比較を中心に、海底で眠る平安丸について紹介する企画展です。
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※詳細はこちらをご参照ください→http://www.nyk.com/rekishi/

 山下公園の氷川丸とあわせて見学すると一層興味が深まるでしょう。
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 この写真展の内容とは比ぶべくもないのですが、私が撮影した平安丸の様子と、氷川丸との比較をほんの少しだけご紹介します。

 平安丸の沈没から半世紀経った1994(平成6)年6月、私はトラック(※)環礁を訪れ滞在中に平安丸が沈んでいるポイントに2回潜水しました。環礁内デュブロン島(夏島)の北西、最大水深34mの海底に平安丸の巨体は左舷を下に横たわっていました。

※トラックは旧称。現在はチューク。

 右舷船首の船名板。漢字とローマ字の船名表記を見ることができます。
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 右舷ブリッジ後部。このあたりの船腹までの水深はおよそ16m。
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 現在の氷川丸と比較してみましょう。平安丸の写真は90°回転(以下の比較写真も同様)。氷川丸は左舷の写真を反転させたものです。
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 右舷プロムナードデッキ。
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 氷川丸との比較。
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 船内に残る食器類。乗組員たちの生活の痕跡。
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 巨大なスクリュー。
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 残照のトラック環礁。日本海軍の艦艇や航空機がこの海底に多数眠っています。
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※水中写真データ
 撮影日:1994年6月8日・10日/カメラ:ニコノスV、シーアンドシーSWL15mmF3.5、ストロボ(YS300)
おわり

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