桜山軽便鉄道・雑記帳

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zoom RSS 四国の鉄道をたずねて・1976年7月

<<   作成日時 : 2018/02/24 19:00   >>

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 1976(昭和51)年7月中学3年生の夏休みに、四国の鉄道をたずねて一人旅をしました。四国のみならず、大阪より西への初めての旅行でした。

 撮影日:1976(昭和51)年7月21日〜23日

◆1976(昭和51)年7月21日(水)
 前日の夜、20系の急行「銀河」で東京駅を発ち、大阪駅で姫新線・因美線経由鳥取行き急行「みささ1号」に乗り継ぎ、姫路駅で普通列車に乗り換えました。その際に見かけた、隣のホームに停車中の京都行き新快速。153系の6両編成です。
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 宇野を12:54出航の宇高連絡線で気動車王国四国に渡り、高松駅で最初に目にした列車がこれ。普通列車(キハ20-32)と、高知行き特急「南風2号」 (キハ181-6)です。
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 この後、徳島方面に向かうのですが、その前に琴電をちょっとだけ見物に行きました。

 高松築港駅のすぐ近く、四国海運局入り口前の踏切で電車を見物しました。駅は現在も同じ場所にあるようですね。写真に向かって右(東)側が琴平線、左(西)側が志度線(当時)の線路です。
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 琴平線琴平行き列車。1200形 1024。元名古屋鉄道3700系。2000年代初頭に廃車になったようです。背景のビルは、四国電力の本社。
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 志度線八栗行き列車。90形 91。元京急クハ120形の車体を利用して製造した車両。1980年に廃車になったようです。
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 高松駅に停車中の、牟岐行き急行「むろと3号」(キハ28-2202+キハ28-2203+キハ58-223 →牟岐)。
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 同じく、普通列車(キハ20-469)と、中村行き急行「あしずり5号」 (キハ65-27)
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 急行「むろと3号」(2枚上の写真の列車)で高松駅を発ち、鳴門線に乗るために池谷駅で下車しました。

 この駅は、高徳線と鳴門線の分岐点にあり、Y字型に分かれた線路それぞれにホームが設置された、独特な構造が特徴です。そのことは、シーナリィ・ガイドに掲載された河田耕一氏の記事で知っていたので、立ち寄るのを楽しみにしていました。ただし、フィルム節約のため、写真はこの1カットのみ。当時の佇まいは、シーナリィ・ガイドの記事そのままでした。
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 鳴門線を一往復して、太陽がだいぶ傾いた頃に徳島駅に到着。途中で夕立がありました。

 雨上がりの徳島駅に停車中の、徳島本線の阿波池田行き急行「よしの川7号」。
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 小松島線に乗車しましたが、乗換の中田駅で駅舎を撮影。日が暮れてきました。
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 小松島線(1985(昭和60)年廃止)は当時、国鉄最短路線(1.9Km)として知られていました。列車は小松島駅の先(構内)にある小松島港仮乗降場で折り返していましたが、当時の私は、多分駅のスタンプを収集する為だったと思いますが、小松島駅で下車して折り返しました。小松島港仮乗降場まで乗車して、小松島駅まで歩いて戻ればスタンプ収集と全線乗車を両立できたのではないか?と今更思っても後の祭り、ですね。

 その後、高松駅に戻り、0:30発の宇和島行きの急行「うわじま1号」の車中泊で、夜を明かしました。

◆1976(昭和51)年7月22日(木)
 6:55宇和島駅に到着。八幡浜駅、伊予大洲駅で途中下車した後、内子線の終点内子駅へ向かいました。当時の内子線は、予讃線の五郎駅で分岐し内子駅に至る盲腸線でした。

 内子駅に停車中のキハ20。背景の山裾には、建設中の高架橋(現・内子線)が見えます。
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 建設中の内山線(現・予讃線)の高架橋。折り返し列車の待ち時間が2時間以上あったので、町内散策でもして時間をつぶそうかと思ったのですが、暑さですぐにバテてしまいました。
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 午後一番の列車で五郎駅に戻り、松山駅へ。伊予鉄道松山市内線を見物しました。

 市役所前付近を走行中の市駅行きの電車。このモハ50形 62は、2005年に廃車になったようです。
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 松山駅前に停車中の道後温泉行きの電車。このモハ50形 70は、現役のようですね。
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 この後、今治駅、新居浜駅、多度津駅で途中下車しながら、深夜の高松駅に戻りました。この夜も車中泊。0:34発の中村行き普通列車に乗車しました。車内はほぼ満席。窮屈なボックスで夜を明かしました。

◆1976(昭和51)年7月23日(金)
 7:51中村駅に到着。当時中村駅は、国鉄中村線の終着駅でした。

 中村駅前には、1974(昭和49)年に開業した、日本初のSLホテルがありました。当時は話題の宿泊施設だったので、物珍しさに見物したのを覚えています。1980(昭和55)年に廃業し、利用されていた車両も解体されたようです。
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 中村駅から、窪川駅で途中下車した後、高知駅に向かいました。土佐電気鉄道(現・とさでん交通)が目当てです。

 はりまや橋〜堀詰を走行中の知寄町行き電車。600形 602。
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 南国ムード漂う高知駅前にて200形 208。
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 同じく200形 212。
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 以上いずれの車両も、とさでん交通に在籍しているようです。

 高地駅からDF50牽引の高松行きの普通列車(226レ)で阿波池田駅まで移動しました。
 途中急行の待ち合わせで暫く停車した土佐山田駅にて乗車中の列車を撮影。牽引機はDF50 517。
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 大歩危駅、小歩危駅間を走行中の226レの車内から。第二吉野川橋梁付近。
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 その後、琴平駅から琴電に乗り、高松に戻りました。

 夕暮れ迫る高松駅に停車中の特急「しおかぜ3号」(キハ181-39)。
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 気動車王国四国に別れを告げ、18:25出航の宇高連絡線に乗船し、本州に戻りました。岡山駅から特急「あさかぜ1号」にて帰途につきました。
おわり

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