沼尻鉄道廃線跡・1979年川桁付近<前篇>

 趣味で写真を撮り始めたのは、1971年頃。それから本格的にデジカメに移行するまでの、約30年間に撮りだめた写真のネガやポジを、フラットヘッドスキャナでコツコツとデジタル化してきたが、なかなか捗らず、最近は面倒くさくてほったらかしてあった。

 しかし最近ちょっとしたきっかけで、再びデジタライズに取り組むことに。とはいっても上述のスキャナでは効率が悪いので、新たにお手頃価格のフィルムスキャナ(ケンコー KFS-1400)を購入。さっそく古いネガをスキャンしてみた。とりあえず、450カット程度スキャンしたが、かかった時間は3時間弱。操作は簡単で、サクサクと画像の取り込みができる。画質もモニターで見る分には申し分なく満足。これならば作業が捗りそう。

 従前との比較の目的もあり、既にスキャン済みのものもあらためて撮りなおした。今回アップする沼尻鉄道廃線跡の写真も、Webサイトの方で既出のものもだが、あらためて公開。

 私は、沼尻鉄道の現役時代は、残念ながら知らない。レイアウトモデリングの橋本真氏の「祖師谷軽便鉄道」の記事で存在を知った時(1972年)には、すでに過去の鉄道になっていた。それから7年後の春(1979年3月)、会津旅行の際に、その廃線跡を訪ねた。時間にあまり余裕がなく、川桁から1Km程度の廃線跡を散策しただけであったが、川桁の駅舎や観音寺川の鉄橋が辛うじてその姿をとどめており、昔日のかすかな余韻くらいは感じることができた。

 ※撮影:1979(昭和54)年3月16日

●川桁駅舎
 駅舎は倉庫として利用されていた。ホーム、線路があった方向に移動して向きも少し変えられていた。廃止から10年経過し、あちこち手が加えられているものの、往時の雰囲気をよくとどめていた。

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●駅構内
 国鉄の貨物側線と接した駅構内は、全体を掘り返したような荒地となっていた。遺構らしきものは何も見つからなかったが、敷地に接して建つ石造りの倉庫には、レイアウトモデリングの写真で見覚えがあった。

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 国鉄の川桁駅は、ED77が牽引する旧型客車の普通列車が1日に上下それぞれ10本程度停車するローカル駅だった。当時はまだ駅員が配置されていた(1983年無人化)。下の写真は上野行の急行「いいで」かな?

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 この後、廃線跡を1Kmほど歩いて往復した。その模様は後編で。

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