福井鉄道南越線・1981年2月・4・完

 福井鉄道南越線の4回目(完)です。訪問時の在籍車両についてご紹介します。

 撮影日:1981年2月22日

■130形電車(モハ131、132)
 廃線まで使用された車両です。1962(昭和37)年に自社工場で製造された、モハ131、132の2両が在籍しました。
 下の図面は、当時模型を作るつもりで、現地で実測したデータなどをもとに1/80スケールで描いたものです。パンタ側が1エンドなので、非公式側ですね。結局模型は作らずに、37年も経過してしまいましたが……。
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<モハ131>
 1エンド側。両脇の縦樋は、新造時にはなかったもので、後に取り付けられたようでうす。ジャンパ栓などがなく、すっきりしています。
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 パンタグラフまわり。左下に乗務員室扉上部の側灯が写っていますが、これも新造時にはなく、後に取り付けられたものであるようです(1エンド側のみ)。また、131と132では、側灯の形状が異なります。
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 2エンド側。こちら側にはジャンパ栓があります。
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<モハ132>
 1エンド側。ジャンパ線を備えています。131と同様、縦樋の追加が施されています。
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 胴受の両側には、131には見られない何かの台座らしきもの付いています。
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 乗務員室扉上部には、上述の通り、131と形状が異なる、製造後に設けられた側灯が見られます。
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 2エンド側。ジャンパ栓などがなく、すっきりしています。
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 台車はブリル27-MCBです。
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 客室の様子。中吊り広告に、懐かしい映画「フラッシュゴードン」が…。この訪問の前日が、日本公開初日でした。
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 シンプルな運転台。
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■デキ1形電気機関車(デキ1)
 福井鉄道の前身の福武電気鉄道が、1935年(昭和10)年に導入した芝浦製作所製の電気機関車です。車体色は電車の腰回りと同じブルーです。南越線廃線後は福武線に転属したものの、稼働することはなく廃車になったようです。
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■10形電車(モハ11)
 1925(大正14)年に日本車両で製造された車両です。南越線用ではなく、福武線で使用された車両ですが、休車中で社武生駅構内に留置されていました。
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 以上で1981年2月の福井鉄道南越線訪問記は終了です。

 余談ですが、南越線訪問後の帰路について、記しておきます…。
 武生→高岡→城端→高岡→(急行「越前」)→糸魚川→(急行「きたぐに」)→米原→名古屋→(名鉄)→豊橋→蒲郡→(名鉄)→新安城→(名鉄)→豊橋→大船→逗子。
 この経路上乗車した車両や見かけた車両については、丹念に手帳にメモしてあるのですが、写真を全く撮っていないのが謎です。また、雨が降る中名鉄のパノラマカーに乗ったことなどを、かすかに覚えているのですが、その他の記憶が全然ありません。寝不足で意識が朦朧としていたのでしょうか…。
おわり

この記事へのコメント

みのる
2018年12月23日 19:34
こんばんは。
超大作!一連の南越線レポート堪能いたしました。
一度の訪問で全駅訪問のバイタリティーに感服します。
モハ131&132は直接制御車と思い込んでいましたけれど、
連結運転に対応できるようにジャンパー栓も付いていたとは⁉
この度のお写真で知りました。
でも132のジャンパーコードが妙に長いように思えますので、
果たして本当に使っていたのか気になります。(^^;
桜山軽便
2018年12月23日 21:10
みのるさん、こんばんは。
元気でしたね、あの頃の自分。まだ10代でしたからね(^^;
寒さや、空腹、眠気を凌ぐ力がありました…。
やたらと長いジャンパコードですが、使われていたのかどうか不明ですが、模型にした時によいアクセントになるなぁ、なんて思ったりしました。